ワンカッパーと龍之介

友人の結婚式の帰り。

私が購入した指定席にじじいが座っている。
年齢は85歳はゆうにすぎており、右手には安定のワンカップ


頭のなかで警戒音が鳴り響く。

 

ワンカップを電車で飲む人間、通称ワンカッパーには最大限の警戒をすべき。というのが師の教えだ。

 

じじいに席の間違いを指摘すると、空いていた隣に座り、ワンカップを差し出す。

 

「兄ちゃんも一杯やるか?」

「あ、頂きます。」

 

体育会系のサガである。酒を断らない。

じじいから酒をもらい乾杯する。

乾杯したらみんな友達。体育会系の良さである。

 

警戒心はすっかりなくなった俺を見て、じじいは嬉しそうに話を始める。

 

「俺が若い頃は~」

 

奢ってくれたからよ、聞いてやるよ、じじい。お前は若い頃、どんなスゴいことしてたんだ?


「俺が若い頃は、ヒトの髪の毛ひっこ抜いてよ!カツラつくってたんだ」

 

こいつ…ヤバイやつやん。

 

警戒心はMAX。髪引っこ抜いてカツラにするとかやばすぎるだろ……あれ?

なんか、聞いたことある?あれ、たしか…

 

「…それ、羅生門ですよね?」

 

「…」

 

「いや、それ羅生門ですよね?」

 

芥川龍之介羅生門。老婆が金がないために、死体の髪の毛を抜きカツラにするのを見逃してくれ、と言うシーン。


「んぁ?羅生門?」

 

「そう、芥川龍之介の」

 

「…」

 

「…」


じじいが立ち上がる。


「トイレどっちだ?」

 

「あっちです」

 

 

…じじいは姿を消した。

 

 

追い剥ぎカツラの物語を、まるで自分の体験談のように言ってきたじじいが、まさに羅生門の下人の如く逃げだした…話であった。

 


じじい、もう会うことはないだろう。

言えなかったから、言わせてくれ。

酒…うまかったぜ。ありがとよ。

あと、もう嘘はつくなよ!